北海道から栃木へ
家庭医療の哲学と
情熱を継ぐ

榎原 剛
獨協医科大学病院 総合診療科 非常勤助教
さつきホームクリニック益子 院長
えのきはらクリニック 副院長

母校で家庭医を育てることが
夢だった

北海道とのご縁は2006年にさかのぼります。室蘭の日鋼記念病院で初期研修を始め、2008年からは北海道家庭医療学センター(HCFM)で後期研修を受けました。まどかファミリークリニックの加藤光樹先生や、現在は地元に戻ってご実家のクリニックを継いでいる福井慶太郎先生たちと同じ10期生です。その後、フェローシップを経て2017年に故郷の栃木へ戻りました。医師として歩み始めた最初の11年を北海道で過ごしたことになります。

現在はさつきホームクリニック益子の院長として、訪問診療と外来診療に携わっています。同時に、母校である獨協医科大学病院から家庭医を志す若い先生たちを受け入れ、診療の指導も行っています。
週末は隔週で獨協医科大学病院に通い、主に総合診療医コースと家庭医コースの教育を担当しています。そのほか、ポリクリ(臨床実習)で回ってくる学生の指導や、クルズスと呼ばれる講義も行っています。学生さんに対しては、家庭医療の専門的な教育というより、在宅医療の現場や患者中心の医療について伝えることが多いですね。家庭医を育てるということだけでなく、家庭医の思想を知ってもらう、家庭医的な考えを持つ医師の裾野を広げるというのも大きな役割なのかなと感じています。

こんなふうに地元で家庭医の育成に関わることは、実は研修医時代から温めていた夢でした。

僕が家庭医の存在を初めて知ったのは医学部6年生のときです。たまたま見たテレビ番組で、日鋼記念病院の家庭医が特集されていて、その姿を見て、「何でも診る家庭医になりたい」と思い立ち、初期研修先を当時の日鋼記念病院に決めたんです。
その後、北海道で家庭医療を学ぶうちに、いつかこの学びを母校に持ち帰って後輩たちに伝えたいと思うようになりました。一方で、北海道に留まってHCFMの先輩たちからもっと多くを学びたいという気持ちも強くありました。結果的には、北海道で研鑽を重ねる道を選びました。
母校で家庭医養成に携わるという夢が動き出したのは2015年です。獨協医科大学病院が総合診療科を新設することになり、そのリーダーに志水太郎先生が就くことが決まりました。志水先生は「病院の総合診療科にも家庭的な視点が必要だ」と考えておられたようです。当時の病院長と私も個人的なつながりもあり、その縁がつながって獨協総合診療科の立ち上げメンバーに誘っていただきました。

先生方の言葉が
いまも頭の中に

振り返ると、人との出会いが数珠つなぎになって、いまの自分があるのだと実感します。
北海道で初期研修をしたいと思い立ったことも、HCFMの後期研修に進もうと決めたのも、山田康介先生や中川貴史先生と出会い、家庭医について深く学びたいと思ったからです。後期研修のあとも北海道に残ろうと考えたのは、当時、上川医療センターで院長を務めていた安藤高志先生の導きがあったからでした。HCFMで出会った先生方に育ててもらい、その積み重ねが、いまの自分につながっているのだと思います。

指導医の先生や同僚の先生からもらった言葉は、いまも自分の中に残っていて、ふとしたときに思い出します。
例えば山田先生からは、地域包括ケアの場面では「ゆるい人間関係の中でチームはつくられていくんだ」と教わりました。新しい地域に赴任すると、どうしても肩に力が入りがちです。関係性ができあがる前から「あれをやろう」「これもやろう」と張り切りすぎたり、頭の中で理想のチーム像を決めつけすぎたりしてしまう。でも、地域のお祭りに参加したり、運営を手伝ったりする中で、少しずつ受け入れてもらい、関係を築いていく。そのほうが、医療や福祉の連携もうまくいくのだと学びました。
いまでも新しい地域に関わるときには、そのことを心に留めています。趣味のバドミントンを通じてできたつながりを大切にしながら、少しずつ関係性を育てていく。そうした日々の関わりも地域包括ケアにもつながっていくのだと感じています。

中川先生からいただいたのは、「偶有性を大切にしよう」という教えです。世の中にはいろいろな可能性があるからこそ、その場で起きたことや出会いを前向きに受け止めて、楽しむ気持ちが大切だと教わりました。
これは、いま教育の場面でも意識していることです。20代の若い専攻医を指導するときも、自分の考えを100%押しつけるのではなく、少しゆるく構えて、専攻医の先生の考えや、診療を通じて見えてくる患者さんの思い、行動を受け止める。そして、そこで起こることを楽しむ。そうする中で、自分自身も新しい学びを得られるのだと思っています。

HCFMでの平野嘉信先生、松田諭先生、佐藤弘太郎先生、松井善典先生、宮地純一郎先生方……。
同期の加藤君、慶ちゃん、同僚のノリや堀ちゃん・・・皆さんからいただいた言葉が、何かの拍子にふっと出てくることがあります。
自分の頭の中には、いつもあの時の先生方がいるような感覚です。
その時に受けた言葉や気づきを与えてくれた考え方が地層のように積み重なって、いまの自分をつくっている。医師としてのスタートを北海道で過ごせたことは、自分にとって本当に大きな財産です。

栃木で家庭医・総合診療医の
輪を広げていきたい

栃木に帰って10年になります。
大学病院での指導がない週末は、実家であるえのきはらクリニックで診療を行っています。いずれはこのクリニックを承継するつもりです。
大学病院を通じた家庭医教育には、これからも関わり続けていきたいと考えています。そのためにも診療所をベースに働きながら教育にも携わる家庭医の仲間が、この地域にもっと増えてほしい。獨協総診のプログラムを卒業し、さらに北海道で研さんを積んだ先生が、いつかこの地域に帰ってきて、一緒に家庭医養成を支えてくれたらいいなと願っています。

僕がこの地域に帰ってきた当時、家庭医はまだ珍しい存在でした。複数の家庭医が在籍する診療所もほとんどありませんでした。
けれどこの10年で複数の総合診療医・家庭医がいる診療所は少しずつ増えてきました。「みんなで学び合おう」「みんなで後進を育てよう」。そんな機運も少しずつ高まっているのを感じます。

全国的に見ても、家庭医が互いに切磋琢磨しながら診療し、若い医師を育てている診療所が増えてきているように感じます。よくよく聞いてみると、HCFMの卒業生が開いたクリニックだったり、HCFMの関係者が何らかの形で関わっていたりすることも少なくありません。

僕自身もHCFMの卒業生の一人として、そのDNAを受け継ぎながら、ここ栃木で家庭医・総合診療医の輪を広げていきたいと思っています。
北海道で学んだことを、栃木で育て、次の世代へつないでいく。そうした流れが地域の中で少しずつ広がり、さらに全国でも同じような波が生まれていったら、とても素敵だなと思うんです。

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