HCFM
創設からの歩み
高橋 宏昌
医療法人北海道家庭医療学センター
最高執行責任者COO 事務局長
日本の地域医療にとっての挑戦
私とHCFMとの付き合いは、夕張の医療再生プロジェクトでご一緒した故村上智彦医師(旧夕張医療センターセンター長)から紹介を受けた2008年が始まりでした。
当時のHCFMは、志のある医師たちが大手医療法人からの独立を考えている最中でしたが、そこには医師しかおらず、経営や事務を見られる人がいなくて本当に困っていたのです。
村上医師から話を聞いたとき、HCFMが目指している形に興味を抱きました。「医師不足で困っている地域の自治体と協力して、地域に寄り添う医師を育てながら、経営も成り立たせる」というモデルです。
これは単に病院を経営するだけでなく、これからの日本の地域医療にとって絶対に必要な挑戦だと感じました。
当時、私は病院の事業再生会社で働いていましたが、この考えに深く納得し、HCFMの経営に加わることを決めました。
しかし、独立までの道のりは決して容易ではありませんでした。独立前の大手医療法人としては、HCFMを手放したくなかったのです。
「医者だけで独立なんてできるわけがない」と高を括っていたところに、経営を担当する私が現れたことで焦ったのか、色々な形で私に対するネガティブキャンペーンが始まりました。
「高橋を信じて独立したら大変なことになる」「高橋の立てた経営計画はインチキだ」と、北海道庁や銀行などに何度も訴えられていたようです。
私は最初、会社に籍を置いたまま、手伝いという形で関われればと考えていました。
しかし、そんな激しい批判の中でも、HCFMの医師たちは周囲の噂をまったく信じず、私を信じてくれました。
そして、「一緒に日本一の家庭医療を実践する医療法人を創りませんか」と言ってくれたのです。 その言葉を聞いたときは、心から感動しました。
これほど自分を信頼してくれる人たちを、中途半端な気持ちで手伝うわけにはいかない。そう思い、会社を辞めてHCFMに人生を懸ける覚悟を決めました。
苦難のスタート、
周囲のサポート
いざスタートしてみると、一番苦労したのは「資金繰り」でした。 独立するにあたって前の法人から提示された条件は、「いま使っている不動産を相場の3倍の価格で買い取る」という厳しいものでした。
当然、日々の運転資金も必要になります。しかし当時のHCFMは、情熱を持った若い医師の集まりでしたから、自分たちで出せる資本金なんてほとんどありません。
つまり、ほぼゼロからのスタートで、全額を銀行からの借入に頼るしかない状況だったのです。
このピンチを救ってくれたのは、周りのみなさんのご理解と協力でした。 実績もない若い医療者の集まりだったにもかかわらず、銀行は私たちの志や計画を理解してくれ、融資を実行してくれました。
また、提携先の自治体にも事情を話して頭を下げ、派遣している医師の人件費や補助金を「先払い」という形で出していただきました。
運転資金の多くを借入ではなく先払いで確保できたことは、立ち上げ初期の経営にとって本当に大きな助けになりました。
周囲の方々の温かいサポートのおかげで、なんとかスタートアップを乗り切ることができたのです。

夢中にさせた
家庭医療そのものの魅力
私がここまでHCFMの立ち上げに夢中になれたのは、医師たちの熱意はもちろんですが、経営コンサルタントとして企業や病院を見てきた経験からしても、HCFMのビジネスモデルが本当に完璧で、他にはない素晴らしいものに見えたからです。
その仕組みは、実にシンプルで画期的なものでした。
まずHCFMで専攻医をしっかり育てるのですが、その教育の場を都市部だけでなく、医師不足に悩む自治体にも設けます。
自治体からすれば、若い医師が継続的に来てくれて地域の医療が安定します。そしてHCFMは、その対価として収益を得ることができます。
さらに、ここで育った医師たちがHCFMに残り、次は指導医として後輩を教える側に回ります。このサイクルが回ることで教育の質がさらに高まり、志のある医師がまた集まり、地域も助かり、経営も安定する。
まさに、関わる誰もが得をする好循環ができるのです。
また、事務局長という立場から長年関わってきて、総合診療や家庭医療という医療そのものの魅力も強く感じました。
病気だけを診るのではなく、患者さんの暮らしやご家族、地域全体をまるごと支える医療です。
経営の目線で見ても、これほど地域から必要とされる医療はありません。そして何より、全国から集まってきた若い専攻医たちが、地域の中でどんどん成長していく姿を近くで見られることが、最高のやりがいでした。
私はHCFMに入職する専攻医全員の面接を担当しましたが、最初は不安そうだった若い先生が、地域の人たちに温かく育てられ、頼もしい医師になり、やがて後輩を指導するようになっていく。
その成長を裏方として支え、自治体や住民のみなさんと「ありがとう」と言い合える関係を作っていくことは、事務局の仕事として本当に誇りでもありました。
あのスタートアップの時期を、自治体や銀行、そして信頼できる仲間たちと一緒に乗り越えられたからこそ、今のHCFMがあります。
あれから18年が経ちました。色々な苦労がありましたが、HCFMが地域にしっかり根を張り、大きく育ったことを本当に嬉しく思います。
どんな時も私を信じて一緒に走ってくれた医師やスタッフ、そして温かく支え続けてくださった自治体や地域のみなさまに、心から感謝いたします。
あの時、勇気を出してこのHCFMに飛び込み、最高の仲間たちと出会えたことは、私の人生で一番の誇りです。


