臨床と研究を融合する
「アカデミックハブ」
としての歩みと未来

佐藤 弘太郎 医師(北海道家庭医療学センター 学術・研究部門 部門長)
宮地 純一郎 医師(北海道家庭医療学センター 組織力強化部門 / 学術・研究部門)
加藤 光樹 医師(北海道家庭医療学センター 組織力強化部門 / 学術・研究部門)

教育の先にある「研究」へ
外部提携から「自炊」の
体制構築を模索した設立初期

佐藤 弘太郎 私たちの組織における学術活動の源流は、設立当初の葛西(龍樹)先生の強い意思にあります。家庭医療を日本で「普及」させるだけでなく、さらに「発展」させていくためには、教育の実践の先にある「研究」が絶対に不可欠である、という共通認識が最初からありました。 もう一つの側面として、総合診療や家庭医療の価値を他科の専門医や医師会、行政に学術的に説明するためには、エビデンス(研究成果)がどうしても必要だったという背景もあります。

佐藤 弘太郎

宮地 純一郎 ただ、最初は「どう研究を立ち上げ、どう教えればいいか」というノウハウが組織内にありませんでしたよね。そこで2011年頃から、福原(俊一)先生(当時:京都大学 医学(系)研究科(研究院)教授)のチームが主導する臨床研究の合宿(Bコース・iHOPE)に当時のスタッフやレジデントが 参加させていただいたり、錦織(宏)先生(現 名古屋大学総合医学教育センター教授)のご協力で質的研究コースをスタートさせたりと、外部の力を借りながら手探りで学び始めました。

宮地 純一郎

佐藤 弘太郎 当時はまだ「学術委員会」という組織が固まる前で、有志やフェローの熱意で動いていた部分も大きかったですね。その後、2011年頃に正式に学術委員会が立ち上がり、組織としての体制が整っていきました。

宮地 純一郎 当時の取り組みで先見の明があったのは、単に外部から教育を受けるだけでなく、「北海道家庭医療学センター(HCFM)の中で、将来的に研究を教えられる人材を自前で育てよう」という長期的な視点があったことです。私はその後、京都大学の研究生となり、錦織先生の指導のもとで質的研究を学びました。

佐藤 弘太郎 まさに、草場先生が当時から仰っていた「自炊」の精神ですね。外部に頼り続けていては自分たちの力にならない。自分たちで指導し、循環させられるようになるべきだと。現在では、名古屋大学や京都大学との共同プログラムに近い形で、質的研究の教育単位を補修できるような、高いレベルでの指導体制が整いつつあります。

民間の存在意義
臨床現場の
『言葉にならない経験』を
すくい上げ学術へ翻訳する

加藤 光樹 組織が3センター体制へ移行し、学術活動の幅がさらに広がる中で、私たちが「家庭医療学センター(Centre for Family Medicine)」という名を持つ意味を改めて考えています。「学(Medicine)」という名称がついている以上、日々の臨床実践と学術的な探求は不可分です。私たちは常に「自分たちは何を目指しているのか」という問いを立て続けながら、実践・教育・研究を循環させています。

加藤 光樹

宮地 純一郎 大学での研究と、北海道家庭医療学センターでの研究の違いは、背景にある臨床現場の文脈の違いにあります。生活に密着したプライマリ・ケアの臨床現場だからこそ出会う出来事と直結したテーマを検討することができます。大学のような高度にコントロールされた環境ではなく、多様な背景を持つプライマリ・ケアの泥臭い臨床現場にこそ、国際的にも意義のある重要なテーマが眠っています。

佐藤 弘太郎 そうですね。3センター体制になってからの象徴的な動きとして、志水太郎先生(現:獨協医科大学 総合診療医学・総合診療科 主任教授・診療部長)たちと連携し、現場の知見をケースレポート(症例報告)として論文発表する取り組みが強化されました。かつては大規模な疫学研究(iHOPEとのコラボや、2020年頃の北大との寿都コホート研究など)に注力した時期もあり、それは貴重な経験と反省をもたらしてくれましたが、現在の主流は、現場に根ざした実践に基づく研究へと成熟してきています。

加藤 光樹 私の最近のテーマもまさにそこです。家庭医療の現場で、私たちは日々重要な現象を経験しているのに、それにはまだ「名前がついていない」ために、見過ごされたり忘れられてしまうことが多い。そうした「うまく言葉にできない経験」を、リフレクションやエッセイ、あるいは質的研究の手法を用いて可視化し、学術的な言葉へと「翻訳」して発信する。これは、現場のフィールドを持つ私たちだからこそできる学術発信だと確信しています。

宮地 純一郎 加藤先生が、コロナ禍における中川先生たちの訪問診療の実践を引っ張り上げて学術誌に投稿したケースなどは、まさにその好例ですよね。現場の医師だけでは論文にする余力がなく、アカデミックな人間だけでは現場のリアルに気づけない。法人のミッションとして学術を掲げ、双方が組織内で日常的に交わっているからこそ、埋もれがちな実践知をすくい上げることができるのです。

未来へのビジョン
臨床現場の
大学と地域を繋ぎ
知を循環させる
「アカデミックハブ」への進化

宮地 純一郎 30周年という大きな節目を機に、私たちは単なる医療提供者という枠を超え、臨床現場とアカデミックな世界を結ぶ『アカデミックハブ』としての役割をより深化させていくのが良いのではないかと思います。大学の知見を地域へ、現場の実践をアカデミアへと双方向に流通させ、この循環を日常的な風景にすることに挑戦していきたいと思っています。

佐藤 弘太郎 具体的な戦略として、研究チームに外部の「3人目の専門家」を招き入れる「オープン・イノベーション」の手法を本格化させます。研究に行き詰まりを感じた際、組織内の視点だけで解こうとせず、全く異なる背景を持つ専門家を第三の視点として介在させる。この『外部の目』が生む適度な摩擦こそが、臨床現場の素朴な問いを、より鋭利で普遍的な学術的問いへと研ぎ澄ませるための触媒となります。宮地先生の名古屋大学、加藤先生のイギリスでの知見、藤井先生の京都大学との連携など、複数の大学とのコネクションをハブとして機能させ、単なる協力関係を超えた「知の循環」が日常的に起きる環境を、さらに強固にしていきたいですね。

宮地 純一郎 日本の様々な地域での家庭医療実践の現場を持っていることは、北海道家庭医療学センターにとって大きな武器です。多拠点での家庭医療実戦の現場を軸に、法人内外の様々なネットワークを接続していくことで、プライマリ・ケアの多様な現場から新たな「知の鉱脈」を掘り起こせます。この3人目の専門家戦略を仕組み化し、現場のスタッフが問いを持つ文化を醸成して、その芽を研究へと育てる。こうした地道な活動こそが、次なる組織成長のエンジンになると考えています。

佐藤 弘太郎 さらに、テクノロジーによる基盤強化も急務です。例えば、藤井先生らが進める「PRO(患者報告アウトカム)データベース」の活用は、患者さんの生活の変化を可視化する強力なツールです。これに、日々の臨床現場の質改善(QI)活動を融合させる。つまり、研究を『特別なプロジェクト』として切り出すのではなく、診療の質向上が自然と研究成果に繋がり、それがまた診療の質向上へと還元される。この「知の好循環」のフレームワークを完成させたいと考えています。

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